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メレンゲ今週のCDご紹介32

テレビジョン椎名林檎グレース・ジョーンズ本田恭章ニール・ヤング
槙原敬之ビースティ・ボーイズザ・タイガース、ザ・ゲットアップ・キッズ、小泉今日子
評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

Drive to 80's Vol.9

 

★★★☆(2002.05.06)

『マーキー・ムーン/テレビジョン』 史上、最もヒリヒリしたレコード。 それ故に僕はこのアルバムを聴き込み、やがて嫌悪した。 映画『トキワ荘の青春』の中にこんな台詞がある。 「漫画に自分の傷を描く必要はあるのかな?」 寺田ヒロオがつげ義春に対して発した言葉。嫌悪感と羨望が入り混じり、結果的にはつげ義春への賛辞なのだと僕は思う。そして僕は、同じ台詞を賛辞として本作に贈りたい。 技術的には見劣りする演奏が、そのアンサンブルによってガラス細工のように研ぎ澄まされ、破壊される瞬間だけを待っているかのような危うい音楽。カサブタを何度も剥がし傷の鮮度を保ち続けるような壮絶な意思を思わせる。濡れていることでしか確認出来ない“傷への愛着”。永遠に濡れたまま保管された8曲の悲鳴。 う〜む、我ながら、書いていて気恥ずかしくなる程に青臭い。その青臭さゆえに僕はこのアルバムを嫌悪し、“パンク後”の20年間を生きている。言い換えれば、「自分の少年時代に対する憎悪」ということだろう。 20年目のテレビジョンは今もなお、悲しいくらいに痛い。譜面に書き起こしたとしても、この音楽は痛みを伴うものではないだろう。それどころか、各楽器のトラックを単体で聴いても痛みなどないはず。互いの楽器が傷を照らし合うようなアンサンブルが悲痛に光り輝く。 しかし、僕は20年前のようにテレビジョンを聴きながら自分を抱きしめたい衝動に駆られたりはしない。ちょっと照れくさい気分で「えへへ」と笑う。この音楽を冷静に聴くことの出来る人間を軽蔑していた僕は今とても冷静です。そんな自分を嘆く気は微塵もない。僕はテレビジョンと決別した時から大人になったのだ。僕は自ら欲して、大人になる為にテレビジョンを葬ったのだ。もちろん、後悔はない。僕は傷よりも逞しい回復力が欲しい。 20年前の僕の傷は癒えたのだろう。今、再びテレビジョンと向かい合うことが出来るのだから。全治20年間の傷だった・・・。

〜歌謡曲を聴く25〜

 

☆☆☆☆(2002.05.06)

採点にしのびず…

『シングルコレクション/椎名林檎』 掟破りの一枚。林檎ファンの皆様、このディスクは所有していらっしゃいますか? 「きったね〜! プロモオンリーの非売品かよっ!」とお怒りのアナタ、ご安心を。台湾製の編集CDなんです。『幸福論』『ここでキスして』の3シングル収録全曲と『無罪モラトリアム』を1ディスクにコンパイル。 最近は減っているらしいけれど、台湾ではJ-POPを無断で編集して売買している実態がある。本ディスクに「東芝EMI」の表記は1文字たりとも無い。 台湾の繁華街にはCD店が多く、フロアの半分近くをJ-POP商品が占め、その半分以上が“バッタもん”だった。独特のエキゾティズムを肌に浴びながら、それらの商品を手にすると何とも陰鬱な気分になる。「亜細亜大陸の闇」が鼻先まで忍び寄る気配、と言うか。 陰鬱だったくせに、僕は面白がって何枚かの“バッタCD”を購入。しかし、その殆どは包装も解かずに保管してある。「闇」が飛び出しそうで怖い。 その類の商品を購入したことさえ、厳密には問題なのだろうし、こうやって公開することも後ろめたいことではある。しかし、後ろめたさや陰鬱さを圧倒的に超える音楽として本ディスクを別格扱いすることにした。 「巨大な闇」を超えた音楽である根拠とは、それが椎名林檎であるから、としか言いようがない。 林檎を初めて聴いた時、吐き出される歌詞が感情的であり、それでいて冷静であり、同時に音楽的であることに驚いた。音の区切り方がギクシャクしていて、その分だけリズミック。ヒップホップ的だと思う。でも、リズム主体と決め付けるには内容が生々しい。「内臓感覚」とでも言うべき生々しさ。 しかし、傷をいたぶるような言葉でさえ、妙に楽天的な印象の表現。傷を完全に対象化しているような成熟表現。林檎の「闇」はカラフルで魅惑的だ。 「亜細亜大陸の闇」が“陽性の歓楽”と隣り合わせであることと無関係ではないだろう。 なるほど、『歌舞伎町の女王』か・・・。  関連

Drive to 80's Vol.10

 

★★★☆(2002.05.13)

『アイランド・ライフ/グレース・ジョーンズ』 今でこそ、日本でも「クラブ発」のヒット音楽が存在する。しかし、80年代を迎えるにあたって、僕は音楽誌で何度か目にした「クラブ発」という表現の意味がもうひとつピンと来なかった。ロキシー・ミュージックの『Do The Strand』を引き合いに出されてもねぇ・・・。 今、振り返って、クラブシーンと音楽商品が気持ちよくリンクしたと実感出来た契機はグレース・ジョーンズの『Night Clubbing』だったのだろうと僕は思う。いや、それは「今となっては」の話であって、あの頃に「クラブ」のイメージを明確に持てる程、東京はモダーンではなかったあのアルバムと同時に東京のクラブシーンが確立していたら素敵だっただろうな、という僕の夢想に過ぎない。 次から次に刺激的なサウンドが登場する80年代初頭の音楽シーンで、僕はグレース・ジョーンズと出会った。 一切の体温を排したジャケット写真の間眼差しやたたずまいと同様に、身が引き締まるように冷え冷えとしたサウンドが僕を直撃。スカスカのクールなサウンドに最初は戸惑い、やがて中毒に。 スライ&ロビーが全面的にバックアップしたレゲエサウンドは、レゲエのリズムセオリーだけを抽出し、エレクトロニクスと融合。90年代ダンス音楽の礎。南国の風土が似つかわしい音とは決して思えず、僕はロンドンの地下の薄暗いクラブで漂うように踊るボヘミアン達の姿を想像した。下衆なナンパをしようものなら、グレースのような眼差しで一蹴されてしまいそうな情景。これも僕の夢想。その夢想の中では何故か、ゲイやレズビアンが最適の登場人物に思えた。 しかし、21世紀を迎えた今も、僕は夢で見たクラブには出会えずにいる。 本作のジャケット写真に顕著な「非人間的グレース」のように、極北のスタイリッシュな人間達が蠢くクラブ。 僕はそんなクラブに憧れるのだけれど、きっと「オマエの来る場所じゃないよ!」と言って摘み出されるに違いない。全ては幻。

〜歌謡曲を聴く26〜

 

★★(2002.05.13)

お顔拝見用にシングル『☆Boy』を使用。

 

『アイス・パレス/本田恭章』 和製デヴィッド・シルヴィアンとしてシーンに登場し、『仙八先生』で「ナイフだけが友達さ」なんてクールに構えていた人ですね。超美形ルックスと自意識過剰気味の歌唱を「売り」にしたデビュー作。底冷えするようなフェイスは翳りを帯び、大手洋楽誌から流れたファンが多かったと記憶する。そんな商品力に加え、やや拙い歌唱力を覆い隠す戦略だったのであろう。本作の楽曲はロックやニューウェーヴ的なアプローチで彩られている。当時の邦楽市場は「たのきんトリオ」を主軸とした歌謡曲市場であるからして、ニューウェーブ的なテイストは表面上のコーティングに過ぎないのは言うまでもない。 歌謡曲と洋楽のどちらの引力にも逆らえない制作態度ではある。ワイルドなクールガイとGS的な王子様の2つの仮面を前にして選択を迷っているような歌詞。80年代のLAロック的なギターサウンドと競い合うニューウェーヴシンセ、そしてコーラス処理されたベース。全てが危うい。 対極で魅力(商品力)を主張する要素を2イン1する試みに必要な条件とはただ1つ、好ましいキャラクターを持ったシンガーの存在だ。恐らくは2イン1戦略よりも本田恭章という商品が先に在ったに違いない。しかし、結果的に「実験の場」が成立してしまった。人間一人の運命を賭けたレコード制作を「実験の場」と呼ぶのも心苦しいのだけれど、本作が一過性のアイドルレコードである以上の有意義なレコードであったと僕は信じたい。J−POP史を振り返って言えば、本田恭章は試作品。正確には失敗事例だったと思う。邦楽市場におけるニューウェーヴ歌謡最大の成功事例は沢田研二だと僕は思うけれど、この時代の本田恭章は試供品として市場調査に成功したのではないか、と。本作に参加する後藤次利や白井良明は沢田人脈だ。 妙に庇ってますね、僕。JAPANの公演会場で目の前を通過した本田恭章の顔にドキドキした記憶が甘酸っぱくてさ・・・。

 

★★★★(2002.05.20)

『アー・ユー・パッショネイト?/ニール・ヤング』 とてつもなく奇妙な表現であることを承知の上で敢えて書く。 これは「当たり前なアルバム」だ。それは、奇をてらった処など微塵も無い、という意味でもある。でも、もっと、何と言うか、その・・・。 ニール・ヤングという人間がこの世に存在して、生の営みをしている。そして、彼の義務として納税をする。税務署は毎年収められる税として、当たり前に受け取る。そんな感じ。 そう、僕が税務署。「あぁ、今年もご苦労様です」ってなもんで、お茶を振舞う程度の持て成ししか出来ませんが、ひとつ、また来年も・・・。 本作は米国同時多発テロ以降に制作されたアルバムであって、二―ル・ヤングはテロ勃発後の米国特別チャリティー番組『トリビュート・トゥ・ヒーローズ』で"掟破り"の『イマジン』を披露したのであって・・・。本作にはテロやその後の報復爆撃にインスパイアされた楽曲が収録されるとの情報があった為、僕は身構えていた。 正直に言うけれども、反戦ソングが僕は好きではない。その大半が“個人の視点”を喪失し、マクロの視座を獲得したかのように大上段に振りかぶったポップソングであるという点で好きになれない。“個人の視座を持つ個人”として期待されているのがポップ・アーティストなのだと僕は信じる。新聞記者や政治家とは違うだろ、と。 そんなわけで、僕は本作を対訳がつかない輸入盤で購入した。それはニール・ヤングに疑惑を抱く行為かも知れないが、万が一にも失望はしたくなかった。ま、彼は時事に反応し易い気質のポップ歌手ではあるからして・・・。 ブッカー・T・ジョーンズ人脈とクレイジー・ホース人脈の交流による本作。音楽として、穏やか。僕はそのことに安心した。全編にエレクトリックギターを使用しているが、気味が悪いほどに穏やか。 収録楽曲全てがお気に入りになった。 僕は永遠に歌詞の意味を知らないまま、聴き続けます。「当たり前なアルバム」として愛聴させてください。  関連(

〜歌謡曲を聴く27〜

 

★★★(2002.05.20)

『THE DIGITAL COWBOY/槙原敬之』 本作の売りは「洋楽アルバム」であること。洋楽のカヴァー集ではなく、一曲を除く全曲が槙原のオリジナル。歌詞が全て英語。他愛の無い洋楽定義ではある。 槙原の楽曲に向かう時、僕は彼の発する言葉に神経を集中してしまい、ともすれば音楽面を見落としてしまう。ボーカリストとしての能力も、なんだか判然としない。あの切実な歌詞と頼りなく高音に集中していく発声の相性は恐ろしく良いな、とは思うのだけれど。 英語で聴く本作は耳が100%槙原の音楽に向かう。引き出しが広い人なんだねぇ。いや、一連のシングル楽曲を聴けば理解出来たことではあるのだけれど、なんだか僕は驚いた。そうか、このセンスを温存していたのかぁ、と。まぁ、それは温存ではなく、企画性によって開放された能力なのだとは思うんだけど。 洋楽テイストを大雑把に言い切ればAOR。ブラックコンテンポラリーなバラッド、っちゅうか。“いかにもなビブラート”が耳をググッと引き込む。歌、上手いんじゃん。 収録楽曲を“大御所”が歌えば、きっと、もっとシックリ来るのだろうな。例えば、スティーヴィ・ワンダー、ボズ・スキャッグス、フランキー・ヴァリ、ベイビー・フェイス・・・。でも、それであれば、槙原の存在なんて不必要。多分、米国音楽産業の楽曲ストックはもっと上の曲がワンサカ。なにも日本人作曲家を先生扱いすることもない。しかも、米国市場でのヒットを考えたならば、本作収録楽曲は少し弱いかも。ムードだけが流れて行くんだよね。「はーい、洋楽っぽい曲、行きま〜す!」と言う気分だけがディスクの向こうから漂ってくるの。意欲作であることは認めるけれど、何かが足りない。 殊更に「洋楽アルバム」と謳うことが、既にしてエクスキューズ。 このアルバムは槙原敬之の“アナザー・サイド”として捕らえられるべきものだと僕は思う。そして、聴いた人は僕と同じ欲求を持つだろう。槙原の日本語が聴きたい、と。

Drive to 80's Vol.11

 

★★★(2002.05.27)

『ライセンスト・トゥ・イル/ビースティ・ボーイズ』 86年に僕が本作と出会った時のことを出来る限り詳細に思い出してみる。入手されたサンプル版を高級仕様のシステム(アンプ+スピーカー)でリスニング。エンジニアや演奏家、ディレクター等々が参加。その場に居合わせた人間の8割がラップミュージック(ランDMC、LLクールJ等)には批判的だった。コンサバティブ! 音が始まると数人が「ラップか…」と露骨に不快感を表明。「ツェッペリンの音が使われているんだよ」とディレクター。彼の持ち込みだから、場のムードを取り繕おうと必死だ。そこで色めきたつことを期待されていたはずのギタリストが最も怪訝な顔をする。早くも周囲に始まるラップ批判(あの頃、ヒップホップとは呼ばずに「ラップ」と呼んでいたっけね)。 困った。僕は困ってしまった。だって、ツェッペリンのフレーズが流用されている新曲だなんて、単純に面白いじゃんか! ラップ批判に参加しない“裏切り者”の僕は小声でエンジニアに聞いた。「これ、どうやって作るんですか?」 実を言えば、僕はその当時メロディー志向で、ラップに対しては否定的だったのだけれど、いつの日かこのサウンドが主流になることを確信した。世界は今変わっている、と。 そうか、あの日からもう16年も経っちゃったのね。21世紀に聴く本作はブレークビーツ普及期ならではの原始的なサウンドで、微笑ましい。手法それ自体が最大の武器であり、新しい手法に夢中になっているかのような無邪気なエネルギー。スクラッチンさえ入れば「おぉーっ!」と驚き、元ネタに気付くことが出きれば「すげー!」なんつって反応出来ていたのだから、リスナーも無邪気だったかも知れない。第一、「ツェッペリンの音を流用しているから凄い」って、誉め言葉になっていないよな…。 80年代最大の革命はヒップホップだと思うけれど、きちんと発展出来た音楽形態であったが為、クラシックには追憶以外の価値が無いのかもね。  関連

〜歌謡曲を聴く28〜

 

★★★(2002.05.27)

『ヒューマン・ルネッサンス/ザ・タイガース』 同好者の間で必ず交わされる質問がある。「で? GSで一番好きなグループは?」 この質問は決まって僕を悩ませる。ベクトルが各々微妙に違うグループを比較して一番を選出するなんて無意味なことも、答えを期待しない“幸福な質問”であることも判っていますってば。でも、一応悩むの、僕は。 で、いつだって、「タイガースかなぁ?」という答えになるの。ゴールデン・カップスやスパイダースよりタイガースが上、って意味じゃないんだけどねぇ・・・。“幸福な質問”ということで御容赦ください。どうか、ひとつ・・・。 そして、タイガースのベスト楽曲、ベストアルバムの選出でも一悶着。岸辺シロー期の秀作アルバム2枚と迷い抜いた結果、本作を選んだ。決め手は加橋かつみ(トッポ)の存在かなぁ。僕、トッポの評価が高いんですよねぇ。ジュリーの歌が自意識過剰気味に張り上げられる瞬間、他のメンバーのハーモニーが逆方向に作用して全体を緩和させる瞬間が僕は大好きで、中でも強力な対磁極がトッポだったと思う。後任のシローの声は驚くほどトッポに似ていたわけなのだけど、「潤い成分」が決定的に違うでしょ? ジュリーのソロ作品傾向が強いタイトル群の中にあって、ジュリー色が最も薄いのが本作。トータルアルバムというコンセプトに固執するあまり、各メンバーに役割を振り分け過ぎてしまった挙句の過剰演出というオマヌケさも感じるわけなんだけど、なにしろトッポの存在が頼もしい。ジョンとポールがここには存在する。タローサリーはジョージだね。 ビートルズからの影響は優秀なベースラインやファズギター、ストリングス等に顕著なのだけど、根本的な歌謡曲フォーマットを切り崩していないことが僕には嬉しい。そう、僕がタイガースを一番に挙げる根拠はハーモニーワークの魅力に加え、歌謡曲とビートの良好なバランスが根拠なのさ。 本作が『廃墟の鳩』で終る瞬間、僕は決まって溜息を漏らしてしまう。  関連(沢田研二1沢田研二2ゴールデンカップス

 

★★★☆(2002.6.03)

『オン・ア・ワイヤー/ザ・ゲットアップ・キッズ』 エモコア。ハードコアパンクの文脈から派生した「コア」の新種なのだろう、多分。ハードコアパンクが出現した時、さぞかし過激なパンクサウンドが聴けるのだろうと期待した僕はスピーカーの前でフリーズした。こ、これって、音の荒い硬質ヘヴィメタじゃないんスか…? パンクロックってヘヴィメタとは正反対のベクトルで…、その…、むにゃむにゃ。そもそも、パンクロックだって、60年代の英国ビートポップとファッション以外にどこが違うんだ?って話であって、「パンク」とか「コア」とかいった記号なんぞ、便宜上の商標なんじゃないのか、と。時代の「モード」と言ってもいい。商品を市場に流通するメーカーは新商品の開発(新規消費者の開拓)が命題なのだからして…。音楽は商品なのよね。商業ベースで軽音楽を発表する以上、商標がどうであれ、ポップであることは必然。 宿命的なポップの呪縛から離脱せんとする“夢想派アーティスト”は必死こいて前衛に勤しんだわけで、滑稽な成果だって多かった。 本作のゲット・アップ・キッズはもはやエモコアではないのだと言う。エモコアって一体どんな音だったんだろうな? 迷宮入りだ。 まぁ、いいや、本作は優秀なポップロックだ。2本の程よく歪んだギターが左右でせめぎ合う編成。ギターの腕前はさておき、リズム隊のレベルが高い。ボトムが太いんだ。憂いのあるメロディと、幾分細く神経質なボーカルも心地よい。楽曲のクオリティも高く、ポップロックのライブラリーを丁寧に勉強したんだろうな、と思う。エモーショナルと言うよりは、理性的な創作姿勢だと僕は感じる。いや、待てよ。左右のギターだけは“思いつき”っぽいや。 なるほど、気付いたぜ。ボトムのリズムがあって、メロディがあって、そこに乗せる音(表情と言うか…)の変容こそが「モード」なんだ! って、今更気付くことでもないか…。 ポップロックの歴史なんつうもんは案外と保守的なんだな、と思う。

〜歌謡曲を聴く29〜

 

★★★★(2002.6.03)

『男の子・女の子/小泉今日子(2)』 つまり、小泉今日子とは制作陣に染められることなく、作家を小泉色に染めてしまう素材なのだと思う。それは、「小泉という商品」が先進的であることを命題として課せられてきた事情にもよるものだろう。 本作は全12曲を菅野よう子が編曲、8曲は菅野の作曲になる。1枚のディスクの中に複数の“気になる作家・編曲家”を雇用し、バラエティを持たせてきた小泉史においては特殊なアルバム。特定個人に音楽を委ねた理由は本作を聴けばすぐに納得出来る。つまり“小泉色”を的確に配合出来る音楽家が菅野であったということだ。 女性作家ならではの木目細かい繊細なメロディラインはともすれば上品になり過ぎてしまいそうなステージにいるのだけれど、各楽曲毎に雇用された演奏家がダイナミズムを導入。結果、ギリギリのバランスポイントを獲得。演奏家の選択は小泉サンと菅野どちらの手柄なのかな? このアルバム制作が小泉サンのコラボレート歴の中でも抜群の相性を感じさせる点からも、双方の手柄なんでしょうね。 小泉サン自身による歌詞も完成度が高く、非常に優秀な楽曲の連続に酔う。 なにしろ、菅野のスキルは尋常じゃない。『部屋に帰ろう〜When I die』という組曲はメロディには微塵も感じさせないのに、“未来型ビートルズ”とも言うべき素晴らしい編曲が施されている。このアルバムがXTCの作品であったならば、皆は大騒ぎしたってことさ。サイケデリックなストリングスアレンジはXTCより過激だと僕は思うな。 いつも以上にボーカルが聴こえるアルバムではあるが、バックトラックは適切な音数で力強い音圧を主張。ミックスも高品位。僕にとっては、今のところ、小泉今日子が到達した最高の極みとも呼びたい名盤。後にシングルカットされた『For My Life』は90年代J-POP最強の8ビートポップスだと思う。 捨て曲は無いが、タイトル曲(作曲・奥田民生)だけが正直言って僕には煩わしい。 関連(・2・

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